今夜の銀座が表象するもの

夜明け前に雨が降ったようで、起きたら昨夜干した洗濯物が全て濡れていた。仕事だったのでそのまま放置して家を出た。朝の表参道は青山通り方面へ向かって歩くとこの季節は完全に逆光で、道ゆく人がシルエットとして映る。その光は夏のようだ。それにしても今日は暑かった。大変な対応と調整が続いてお昼を食べる暇もなく、夕方くらいに珍しくスターバックスに入りアイスのラテをアーモンドミルクで飲んだ。何で読んだか忘れたが豆乳はあまり体に良くないことが判明して米国のスーパーではアーモンドミルクが勢力を伸ばしているらしい。しばらくするとアーモンドミルクも終わり、また別の何かのミルクになりそうな感じがする。結局はモノを売ることによってしかこの資本主義を維持することはできないのだろう。

夜は関係者招待で水原希子ちゃんのイベント銀座RAISEへ。昨年末にオープンしたばかりの大型クラブで面積は740m2、天井高は27mある都内にしてはおそらく最大のパーティー空間。久々にキコちゃんに会うという楽しみもあったけれど純粋にスペースを見てみたかった。銀座の一等地で夜景とボックス席に囲まれたダンスフロア、現金不可の完全キャッシュレスシステムに、VIPルーム、ベルリンやイビザのクラブでも使われているVOIDスピーカーシステムで音圧と音質も十分。オープンの10時くらいで既に招待客だけで満員で、その後も寒い中長蛇の列を作っていた。ポールダンサーがいて、VIP席ではシャンパンがポンポン空いて終始バブルでギラギラな感じが非現実空間を演出していた。この2年間で抑圧された人間の人間性がまさに今夜放出している感じがあった。ポストコロナのひとつの方向性として、80年代のバブル回帰というのはあるのかもしれない。ファッションはミニマリズムからフラワーチャイルドで70年代に戻り、ヴァージルアブロー筆頭にストリートの文脈を組んで90年代のリバイバルを経ながらコロナ禍に突入した。その水面下で、人間の欲望と醜さと美しさとエネルギーがマグマのようにぐつぐつと醸成されていたのではないか。渋谷と新宿はまだ庶民的なところがあるけれど、銀座と六本木は圧倒的金持ちかそのコネクションが無いと入れない世界がある。かなり六本木寄りのアッパーなノリではあったが、純粋な六本木さとも銀座さとも何か異なっていた。それは水原希子ちゃんプロデュースというイベント特性によるものなのかもしれない。キコちゃんが沢尻エリカにもなり得たし、銀座ではなく渋谷という可能性もあり得た。しかしその可能性は、銀座というむしろここ数年で衰退しているとも言える場所に帰結した。沢尻ではなく水原だったし、渋谷ではなく銀座だったのだ。これがいったい何を表象しているというのだろう。

帰りに近所のバーでギネス。浮遊した自分を無事に渋谷に戻して眠りについた。

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