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僕らが花を撮る理由(りゆう)

 

常丸です。

なぜ花を撮るのでしょうか。

理由は幾つかあると思います。

単純に綺麗だから、これといって他に撮るものがないから、植物に興味があるから、色が好きだから、彼女が喜ぶから、誰にでもウケるから、そこに咲いているから、、、などなど

花は、空や夕日のようにあまりに普遍的な題材である為、作品としては成立し難いモチーフです。

しかしそれでも歴代の写真家たちは、こぞって花を撮影してきました。

僕も写真を撮り始めたころから、そして今でもたまに花を撮ります。

そのように花について考えていて、ある時、キース・ジャレットという一人のジャズミュージシャンの言葉に当たりました。

「僕らは生きながらも、常に死んでいる。そういう意味では花のようにあらねばならない」

一語一句正確ではないですが、彼はそのように語っていました。

彼はインプロヴィゼーションを得意とするピアニストでありコンポーザーです。

花をメタファーとした言葉が、あまりにも彼の作る音楽と一致していたので、無意識のレベルですっと入ってきたような不思議な感覚がありました。

生きていて突然死ぬのではなく、生きることは常にある種の死を含んでいる。だから私達はもっと花のように生きなければならない。

きっと僕たちは、実際は花のようには生きることはできない。

その事実を知っていて、花に対する嫉妬心とも尊敬心ともいえる複雑な感情を抱きながら、花を写真にして少しでもそれを理解しようとし、近づこうとしているのではないだろうか。

考えてみれば、花を撮ってきた写真家達の作品には少なからず”それら”が含まれているような気がする。

 

アーヴィング・ペン先生の花。ファッション写真家としてみせる顔とは少し異なるアプローチだが、うまいと言わざるをえないことこそがペンを表している。スキがなく、接写白バックのお手本のような写真集で、商業写真家であれば誰もが一度は真似たことがあるだろう。

 

メープルソープの花は、環境を含めたグラフィカルな表現の代表作。彼の本来のテーマであるヌードや性が、僅かに感じられる(僕には)。光の使い方や構成など好き嫌いは別れるがなぜか日本にファンは多い。

 

広告写真家、上田義彦さんの花。こちらはペンとアヴェドンとメープルソープを全部足して、4で割ったような写真集。広告写真家としての考えに考え抜かれたビジネス的アプローチとも捉えられなくは無いが、おそらく上記した”普遍性の回避”と先代へのリスペクトを含めてアップデートし、自分なりに「花写真」を再解釈したものだと考えられる。上田さんは本当に写真が好きなんだという圧力が伝わってくる。

 

僕にとって日本で花といえば、蜷川実花さんではなくやはり荒木さん。私写真の中の一コードとしての花は、最もキース・ジャレット的な趣を含んでいるかもしれない。

 

いつの時代も花の写真があり、先代をコピーしただけの花も溢れている。しかも職業的フォトグラファーが、それをもろにやっているのを見ると少し悲しい気分になります。素人が見ても分からないけれど、少し写真を知っていれば、裏の仕掛けがが見えてしまった手品のように、それは途端につまらないものになってしまうから。

だけれど、どうしても誰かに似てしまうのが写真。

日々修行です。

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