彫刻的に書くこと撮ること

日本も海外のメディアもロシアとウクライナのことでもちきりだ。そのような中で日常の写真を撮ることは心の平穏に少しは役立つのではないかと考えた。それは写真に限らず、おそらく集中できて思考を停止できるものなら何でもよいのかもしれない。歩くこと、スケボーやスノーボード、サーフィン、人と酒を飲むこと、メイド喫茶へ行くこと、釣り、麻雀、囲碁、チェス、トランペット、ギター、ムーンウォーク、読書、瞑想。心の中の意識を置く場所を少しだけ変えること。書くことも。自分で読み返すことはしない。書きながら読む。なぜそのような単語が出てきたのか精神分析的なものが頭を掠めながらも分析という分析はしない。ひとつのブロックという固い石のような、またその名の通りHTM L的解釈のブロックを、タイピングという柔らかなキーボードを介しながらも確実に削れる言葉でザクザクと掘り出していく。言葉というよりそれはただの文字であり、彫刻刀で固い桜の木版を削ったときに出てくる削りカスのようなものに近い。午前中に割と大人数のリモート会議をして、午後は週末の撮影の機材とアシスタントの手配や飲み会のスケジュールの調整をした。マンボウということをすっかり忘れていて、渋谷の多くの店はラストオーダー8時、9時閉店ということをしっかり守っていてどこも空いていない。人気店や少し単価の高い店ほど9時にきっちり閉めているのは、人気であるが故それでも収益が成り立つからだろう。かろうじて3人入れる沖縄料理屋を見つけて、そこで飲む。二軒目は知人のバーに向かうが閉まっており、ちょうど5分前に営業を終えて恵比寿に飲みに出たとのメッセージ。代替的に近くのゲイバーで黒霧島のボトルを入れた。女性二人を連れているのに嫌な顔せず快く迎えてくれたトシさんに感謝。

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